日創研経営研究会 全国大会 in 神奈川


4月25・26日と全国63拠点4400名が学びあう経営者団体「日本創造教育研究所経営研究会」の全国大会に参加してきました。

基調講演の株式会社ファンケル創業者の 「もっと何かできるはず」という情熱、 そして、AOKIホールディングス創業者の苦労を重ねながらの「人間を磨き、格を高める経営」講演は感動しました。中でも会社試練の時に社員と読み合わせして元気づけられていたという「孟子 告子章 下 十五」に私も勇気づけられました。

天の試練をうけとめるもの
孟子曰、舜發於畎畒之中、傳説擧於版築之閒、膠鬲擧於魚鹽之中、管夷吾擧於士、孫叔敖擧於海、百里奚擧於市、故天將降大任於是人也、必先苦其心志、勞其筋骨、餓其體膚、空乏其身行、拂亂其所爲、所以動心忍性、曾増其所不能、人恒過、然後能改、困於心、衡於慮、而後作、徴於色、發於聲、而後喩、入則無法家拂士、出則無敵國外患者、國恒亡、然後知生於憂患而死於安樂也。

孟子曰く、「舜は畎畒の中より発り、傳説は版築の間より挙げられ、膠鬲は魚塩の中より挙げられ、管夷吾は士より挙げられ、孫叔敖は海より挙げられ、百里奚は市より挙げられる。故に天のまさに大任をこの人に降ろさんとするや、必ず先づその心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ、その体膚を餓えしめ、その身を空乏ならしめ、行そのなすところに払乱せしむ。を動かし性を忍ばせ、その能くせざるところを増益せしむる所以上なり。人つねに過ちて、然るのちに能く改め、心に困しみ、慮に衡はつて、然るのちに作り、色に徴はれ、声に発して、然るのちに喩る。入りては則ち法家・払士なく、出でては則ち敵國・外患なきものは、國つねに亡ぶ。然るのちに憂患に生き、安楽に死することを知るなり。」

孟子がいわれた。「舜は田畑を耕す農夫から身を起こして、ついに天子となり、傅説は道路工事の人夫から挙げられて武丁の宰相となり、膠鬲は魚や塩の商人から文王に見出され、管夷吾は獄吏の手に囚われた罪人から救い出されて桓公の宰相となり、孫叔敖は海辺の貧しい生活から楚の荘王に取り立てられて令尹(楚の宰相)となり、百里奚は賤しい市民から秦の穆公に挙げ用いられて宰相となった。故に、これら古人の実例を見ても分るように、天が重大な任務をある人に与えようとするときには、必ずまずその人の精神を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、その肉体を飢え苦しませ、その行動を失敗ばかりさせて、そのしようとする意図と食い違うようにさせるものだ。これは天がその人の心を発憤させ、性格を辛抱強くさせ、こうして今までにできなかったこともできるようにするため〔の貴い試錬〕である。いったい、人間は〔多くの場合〕過失があってこそ、はじめてこれを悔い改めるものであり、心に苦しみ思案に余って悩みぬいてこそ、はじめて発奮して立ちあがり、その煩悶や苦悩が顔色にもあらわれ、呻き声となって出てくるようになってこそ、はじめて〔解決の仕方を〕心に悟るものである。国家といえどもまた同様で、内には代々法度を守る譜代の家臣や君主を補佐する賢者がなく、外には対抗する国や外国からの脅威がない場合には、しぜん安逸にながれて、ついには必ず滅亡するものである。以上のことを考えてみると、個人にせよ、国家にせよ、憂患の中にあってこそはじめて生き抜くことができ、安楽にふければ必ず死を招くということがよく分るのである。」

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